スペイン語映画 番外編


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この映画はスペイン語映画ではないのですが、スペイン語に関係するお話なのでここで取り上げます。

先日、日本から持ってきた映画版の「MARCO 母を訪ねて三千里」のDVDを見ました。

MARCO少年がイタリアから一人でアルゼンチンに出稼ぎに行った母親を探して旅に出るストーリーというのは知っている人も多いかもしれません。

ただの子供向けのお話だと思っていると、結構南米の移民の歴史等がバックグラウンドになって、世界史の勉強にもなり中々興味深く見ることができました。

話自体は、何十時間というシリーズを1時間半に凝縮しているので、登場人物とマルコのからみが薄くいまいち感情移入ができませんでした。

もちろん、母親との再会のシーンも涙は出ませんでした...

時代背景についてですが、このストーリーの舞台は1880年代ごろだったと思います。

当時、世界の中心はアメリカではなく、まだヨーロッパだった頃です。

アルゼンチンは第1次世界大戦で中立を維持したこともあり、1930年代には国民一人当たりの収入がフランスと並んで高い、世界で最も豊かな国の一つでした。

ドイツよりも一人当たりの所得が多く、南米のパリと称されているように、
文化的にも、経済的にも豊かな国の一つでした。

今でこそイタリア人がアルゼンチンに”出稼ぎ”が目的で移住する等ということは考えられませんが、西暦1900年前後から多くの日本人が南米に移住していたことを考えれば納得できると思います。

1887年のアルゼンチンの国勢調査によるとブエノスアイレス市民の47.4%がアルゼンチン生まれ、32.1%がイタリア移民、9.1%がスペイン移民、4.6%がフランス移民だったそうです。

これで、スペイン語を話せないはずのマルコが一人でアルゼンチンを旅できたわけです。(作り話だから、そんな細かいことは気にしちゃだめですよね?)

ちなみに映画の中では、マルコはイタリアのジェノバを出発し、ブラジルのリオデジャネイロを経由して、アルゼンチンの首都ブエノスアイレスに到着、その語母親の消息を求めて、アルゼンチン第2の都市コルドバ(Cordoba)、ロサリオ(Rosario)、そして最後に病床の母親に出会ってお話は終わります。

ちなみにブラジルにもイタリア移民の子孫がたくさんいます。私の妻もイタリア人の曾孫(ひまご)でポルトガル人の孫です。

また、少しスペイン語に詳しい人なら知っていると思いますが、アルゼンチンのスペイン語はイタリア語のアクセントそのものですよね。

南米の移民の歴史を少し紹介してみました。

興味のある人は、「MARCO 母を訪ねて三千里」を見ましょう!

MARCO 母をたずねて三千里
エドモンド・デ・アミーチス 樋口智恵子 井上倫宏
B00005EDO7



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